人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ある本が名作と言われる場合、その本を読んで理解できない人間は文学をわかっていないという雰囲気に追いやられる。この空気感は正しくもあり、不都合でもあると感じる。

たとえばわたしは数日前にヘルマンヘッセの『デミアン』を読んだのだが、正直これが世間の評判ほど名作だとは思えなかった。だって素直におもしろくなかったんだもの。

ただ、表現や比喩や描写、登場人物のキャラクター性などを客観的に評価したら、こんなのが書けるヘッセってば天才なんだろうなとは十分にわかるのよ。それは太宰治や夏目漱石やゲーテも三島由紀夫もそう。天才感は読めばすぐに伝わってくるの。でも作者の天才ぶりが伝わってくることと、わたしがその本をおもしろく読んだかは、話が別なのだ。

たとえばわたしは又吉直樹の小説が好きだけど、又吉直樹の文章が上手だとは思っていない。むしろ非常に粗削りで、文学作品と呼ぶには憚れるとさえ思っている。でも素直におもしろいのだ。もちろん、ここでのおもしろいはストーリー展開がおもしろいとかセリフがおもしろいとかそういう表層的な要素ではなく、人間の普遍的な感情をよくこの2行で書き表したなという純文のおもしろさでおもしろいのだ。


「名作」を理解できないたびにわたしがぶちあたるこの壁に対して、今日は故・米原万里が痛快な擁護射撃をうってくれた。

「なんでこんなに日本の私小説っていうのは暗くてひとりよがりで、ユーモアがないの?どうしてこんなものをみんながありがたがって、ここに人生の真実が込められているとか真面目腐っていうのか意味が分からない」

そうなの。わたしのヘッセの『デミアン』への感想もこれなの。

かくいうわたしもまた現金なもので、誰かが宮部みゆきがおもしろいとか伊坂幸太郎がおもしろいとか言っているのを聞くと、そのおもしろいはライトノベルのおもしろいでしょ文学じゃないわよ、なんて同じ土俵にのせようとしない知ったかな私もいる。


ハア…名作が理解できない度に不明だ。

わたしは、まだこれぞという名作に出会えてないだけの米原万里なのか、それともわたしこそ名作を読みこなすセンスのないただの読書音痴なのか。

まあ、極論、自分がおもしろいと思うものを読めばいいのだろうけど、とりあえず『デミアン』を読んだ感想としては、これって1800年代後半のヨーロッパにおける従来のキリスト教観への批判的見方とか全く分かってないわたしみたいな2020年の極東の人間にも理解できる本なの?って思ってしまったし、ユングの夢分析とか読唇術とか催眠とか、このとき流行した精神分析ブームみたいのも背景知識ないから、なんで突然サイコパス的な話が入るの?って理解できなかった。そういう意味では『若きウェルテルの悩み』も正直なにがいいのか全然分からなかったな。

バカの壁。


# by sorottenokinami | 2021-06-15 22:15
また暑くなってくるとビールがおいしくなる。
最近はコロナ禍も手伝ってわたしの年間飲酒量がぐっと下がっているからかお酒に弱くなっている気がする。もちろん家では毎日欠かさず飲んでいるのだが、外飲みへの免疫が落ちていて、悲しいかな、外で飲んだ暁にはもう数杯でほろ酔いになる体になってしまったぽい。しかも以前と同量程度飲むと頭まで痛くなってくる始末。

酔った自分の何が一番嫌かって、「ゆっくりした口調で、簡潔に話せなくなるところ」だ。端的に言うと若干「管を巻く」のだ。もちろん、そこらのおじさんみたいに意味の通じないことを大声でとうとうとしゃべる状態までにはならないけど、相手からしたら「口数多くなったなこいつ」くらいにしか気づかれていないかもしれないのだけど。「管を巻いている」自分自身がとても嫌だ!

普段100%理性がある時間帯のわたしは、「話すときの速度と語彙選択ってとても重要な要素だよね~」と思っているので、シラフのときは十分にこの点に留意する気力があるのだが、ほろ酔いになってくると話す速度も速くなってくるし、語彙も適当なのを選んでくるから文章が冗長になるし、ひいては同じ内容を言葉を変えて二回言ったりもしている。最悪だ。そんな自分が嫌だ。嫌韓(嫌な韓国人)だ。

じゃあ、どうしたらいいのか。アプローチ方法としては2方向からのアプローチが考えられる。

ひとつは、話し方に気を配れなくなるまで飲まない、という選択だ。しかし、これはお酒好きな人なら分かると思うけど、飲みだすともう手が自動でお酒を口に運ぶから酒量を調節するのはた易くない。しかも、まだ大丈夫ですおいしく飲んでますと、やばい管を巻いてきたがびっくりするくらい間髪の差なのだ。これは160キロのピッチングを打ち返すのと同じくらい難易度が高いが、うまく調節さえできれば即効性がある。

もうひとつの方策としては、酔ってもゆっくりとした速度で簡潔に話すトーク力をシラフ基準でさらに強化しておく、がある。これは即時適用はできないが長い目でみたらトーク力アップにもつながるのでやれるならやった方がいい。


# by sorottenokinami | 2021-06-14 12:45

通訳業あれこれ

東京のIT企業で日韓会議同時通訳者とし働き始めて2か月が過ぎました。通訳業のあれこれ、会議中のあれこれ。誰かに言いたいけど在宅だから誰とも共有できないでいるひとり言をここに。

「ゆってよ」案件

ズーム会議の特性上、わたしはいつも韓国語を聞いて日本語に訳すという一方向のみを担当している。日を聞いて韓に訳すのはもう一人の通訳さんがやっており、1会議2通訳者体制だ。ただ、相手の通訳さんの声は私には聞こえない仕組みになっている。なので実存主義的観点からするともう一人の通訳というのは実はいないのではないか、と思うくらい一緒にやってる感はない。

ズーム通訳では自分が訳しているとき以外は雑音を入れないためにミュートにしていないといけないのだが、ついつい日韓が速いスピードで入れ替わると自分のミュートを解除するのを忘れて訳しているというミスを何回かしてしまった。

そうするとだいたい日本側から「日本語通訳が聞こえません」とか指摘されるので慌ててミュートを解除するのだが。

ところがある日のこと。わたしが20秒くらい訳し続けたところで、ハッと自分の音声がミュートになっていることに気づいた。いつものように慌てて解除したが、ふと疑問におもった。参加者よ、訳なしで話者が20秒間べらべらしゃべってるの理解していたのかい、と。分かってないなら通訳が聞こえないともっと早くに言ってくれよ、と。でも、こうも思った。そもそも会議になんてみんな集中してないんじゃないかと。他の作業をしながらBGMのように会議音声を聞き流しているんじゃないのか。それが韓国語だろうが日本語だろうがBGMなのだから別に構わないのではないかと。

それはそれでわたしの下手な通訳が見過ごされるからいいけれども。

「焼肉屋」が瞬間、訳せない

またある日のこと。その日は食べ物の話がたくさん出る会議だった。寿司、ラーメン、カフェ…そこで日本語話者から「高級焼肉店」というワードがでたのだが、なんと「焼肉」を韓国語でなんて訳したらいいのか瞬間出てこなかった。韓国の誇る焼肉。あの国で「焼肉」ってなんていうんだっけ!

一回落ち着いて、韓国で焼肉を食べに行った日のことをよくよく脳内リプレイしてみる。「고기 먹으로 가자 (肉食べに行こう)」「삼겹살 먹자 (サムギョプサル食べよう)」「오늘은 소고기다(今日は牛肉だ)」「오늘은 집에서 고기 구워먹자 (今日は家で肉を焼こう)」…焼肉に至るあらゆるパターンを再現してみたが全然「焼肉」というワードが出てこないではないか。

正解は「고깃(肉)집(家)」でした。灯台元暗しバカ。

ちなみに韓国人は「プル(火)コギ(肉)」はあまり食べにいきませんでした。

下手な通訳者はトイレに行け

通訳というものはメンタル・フィジカルのコンディションに大きく左右される仕事なのか、通訳をしてみればその日の体調が分かるといっても過言ではない。(トヨタの豊田さんもその日の自分の運転技量が分かるように何十年?も同じ車に乗っているといっていた。)そしてここ1週間くらい、なんか通訳(いつもできないけど殊更)うまくできないな~とモヤモヤしていた。コンディションの悪さは下記のような指標にでてくる。

・いつもならついていける話者の速度についていけない

・いつもなら聞き取れる用語が聞き取れない

・「企画と開発と運営があります」と3単語を羅列されると2単語しかキャッチアップできない

そんなもんで自責の念に駆られていたのだが、ロシア語通訳者の故・米原万里さんはこんなようなことを言っていた。「通訳が下手すぎるぞ!もっとまともな奴はいないのか!」とバカにされたらトイレにでも行けばいいと。そのあいだ通訳がいなくてどれくらい不便な事か思い知ればいい。トイレから戻ってきたら「おう!はやくはやくこちらへ」と厚遇してくれるのだ。と。

そんなふてぶてしさで自分を慰める。 

ただ私は米原万里ではないので下手だとクビになるという差があるだけだ。

努力が成長に変わっていた瞬間

冒頭で、わたしは韓国語を聞いて日本語を訳す作業しかしていないといったが、日本語を聞いて韓国語に訳してと言われる会議が突然やってくることがある。普段から両方向やっていれば当たり前に両方やるのだが、普段は韓→日しかやってない脳みそにいきなり日→韓をさせられるというのは、わたしというぬるま湯の中に真っ赤に熱された鉄棒をぶっこむようなもので脳水が揮発する大事件だ。

4月のうららかなある朝の日に、初めて韓訳出しを任されたわたしは、その録音ファイルを聞いて絶望し、挫折した。

それから韓国人アナウンサーの発音講座を受講し、毎日(たまに欠かしつつ)30分、韓国語の母音子音の発音練習を2か月やってきた。

そして昨日、再び訪れた韓訳出しの会議。無我夢中で訳し、会議が終わったあと、iPhoneに残されたのは魔の録音ファイル。わたしは震える右手を左手で押さえながら再生ボタンを押し、夫(韓国語ネイティブ)と一緒にわたしの韓訳パフォーマンスを振るえる耳で聴いた。

聴くこと40分間。夫曰く「全然聞きやすい。聞きづらい発音は1、2箇所しかなかったから内容がよく頭に入ってきて発音はむしろあまり聞いてなかった」とのこと。そう言われてみれば私自身も「あれ?聞けるな。なんかひとつひとつの母音と子音の発音が正確になってるな?」と思った。

感動した。毎日30分の発音練習がひとつの成長として表出した気がした。

生きる喜び!


# by sorottenokinami | 2021-06-11 12:24

「すらすら読める日本の古典」シリーズを図書館で発見した。手はじめに兼好法師の「徒然草」から読んでみたら、まるでkenko-hoshiというアカウントのブログを読んでいるようではないか。「徒然草」がぐっと身近に迫ってきてくれた。

古典をよむ面白さというのは、「当時の時代を知る」というのもあるだろうけど(徒然草は鎌倉末期で武士政権をディスったりしている)、「当時から人間て変わらないな~」という人間あるあるが妙というのもある。

kenkoが徒然草の中で「友人の選び方」について語っている段があったので、少し抜粋してみる。

***

友人としてよくないタイプが7つある。

一つ目は偉い人。ちょっと会うだけでも作法やしきたりのがんじがらめで疲れてしまう。

二つ目は若い人。やっぱりジェネレーションギャップってものは否定できないからあまりに若いと合わないんだよね。

三つめは健康で丈夫な人。病に伏したことがないような人って病人の前で健康自慢とかしてきて共感能力が足りない気がする。

四つ目は酒好きな人。嗜む程度ならいいけど、浴びるほど呑んで自慢話や武勇伝をとうとうと語られた日にはたまったもんじゃない。

第五に体育会系。はたから見たらなかなか立派なんだけど、脳みそも筋肉でできてるんじゃないかって感じ。本とか読んで心を鍛えるってことをしてきてないんだろうな。

第六に嘘つく人。

第七に欲深い人。

逆に友達に持つべきタイプもある。

第一に、気前のいいひと。モノをくれるから嬉しいとかじゃないんだけど、こっちが困ってるときに進んで手助けしてくれる友人はやっぱ心強い。

第二に、医者。一家に一台医者の友。

第三に、賢い人。話してるだけで人生の助言が得られて心が豊かになる。

***

ジェネレーションギャップとか今の時代も変わらないなあ。


# by sorottenokinami | 2021-06-09 07:55

パワハラ

うーん。こういうことを書いてもいいのかわからないが、関係のある会社で社員の自殺があった。衝撃を受けた。原因は上司のパワハラだ。

奥さんと昼食をとったあと会社の近くの建物から飛び降りたという。子どももいた。

加害者の上司は全社的にあまりにも悪評高い問題人物だったという。地位と権力のある人で社内ではあまりにも恒常的にパワハラが行われていたというから組織に問題があるのも明らかだ。

加害者の蛮行たちを伝え聞くと「なんでそんなことをする必要があるのだろう」と疑問でしかないが、たぶん相手のことを「人間とも思っていない」んだろう、とも思う。はなからバカにして下等な対象に見ているからそういう言動も自然にでてくるのだろう。

加害者は現在業務停止になったらしい。業務停止って。待ってよ、人をひとり殺してるんだよ。物理的に手を下してないだけで殺人犯だから。憤怒と恐怖を感じる。

現在日本ではパワハラに該当する刑事罰としては下記のようなものがあるらしい。

名誉毀損には、刑事上の責任と民事上の責任があります。 刑事上の責任とは、刑法に定められている通り「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」です。
自殺教唆は「もともとそうしようと思っていない人に自殺を決意させて、自殺させる」という犯罪で、自殺教唆罪の法定刑は、「6月以上7年以下の懲役または禁錮」(刑法202条)


わたし自身、職場の上司の人間性に苛まされて精神科を受診しようかと思ったことがあるが、あれって本当に不条理だ。せっかくその会社で働きたいと思って採用をくぐって入社し勤務していてもそういう人間ひとりのために人生が180度狂ってしまうんだから。そしてゆっても所詮、告発なんてモチベーションは起きないもので、もういいや…と異動や退社を選択することになることがほとんどなのだから。

今回の被害者はそれもできなかったけど、逃げられでもしたらどんなによかっただろう。悔やまれるばかり。

あとこれは大坂なおみ選手の件でも思ったけど、「鬱」って診断されて初めて社会的な免罪符ができる感じに改めて違和感を覚えた。じゃあ大坂選手が鬱診断されてなかったら心の不安定さは許されていなかったの?な~んだ鬱だったなら早く言ってよって雰囲気が今回あったように思ったけど、逆に鬱じゃなかったらだめだったの?という気がする。

今回の事件も、自殺されたから明るみに出て問題提議される、これは仕方ないかもしれないけど、自殺する前もわかってたでしょう。大丈夫かなこの人ってみんな思ってたでしょう。それでも、手を差し伸べても、救えなかったかもしれないけど、組織体質にもみ消されてたかもしれないけど。もしかしたらお節介だったでおわるかもしれないけど。でも結果として人ひとり死なせてるんだから。空しすぎるじゃない。



# by sorottenokinami | 2021-06-04 13:25

2020年から2021年も書き続けることにしたブログ


by sorottenokinami